ってかフランスの冷蔵庫ちゃっちすぎそのことを姉にメールしたら、冷蔵庫なんて諦めてあなたも帰ってきたら白虎隊のドラマを見なさいと返ってきました。白虎隊が終わった後、妹がバイトから帰ってきて、白虎隊見るって言ったので、一緒に見ました★だから、もう涙が枯れそうです(^-^;明日、仕事なのに、絶対目が腫れてるよぉ(>_あたんしおん。
白虎隊とは
白虎隊(びゃっこたい)は、会津戦争に際して会津藩が組織した、15歳から17歳の武家の男子によって構成された部隊である。
白虎隊
中村 彰彦
文藝春秋 刊
発売日 2001-05
オススメ度:★★★★
白虎隊の史実に迫る画期的な一冊(その後に残るもの) 2004-12-08
会津の戊辰戦争について、明治から現在に至るまで、最も人口に膾炙したであろう「白虎隊」。そこでいう「白虎隊」とはもっぱら飯盛山で集団自決した十九人のことであり、せいぜい奇跡的に蘇生した飯沼貞吉を含めるかどうかという範囲の話であった。
しかし、そもそも「白虎隊」とは鳥羽伏見の戦を受けて薩長新政府軍を迎え撃つ会津藩が軍制改革によって新たに編成した、16・17歳の少年からなる部隊の呼称である。自決したのは、その中の士中二番隊の、さらに一部の少年たちであった。
では、それ以外の白虎隊士はどうしたのか。著者は資料を丹念に駆使しつつ、会津戦争における白虎隊士の足跡をたどっていく。こうした白虎隊の史実の全体像に迫ろうとした類書は、管見の限りでは見当たらない。確かに「画期的作品」と言えよう。
ただし問題は残る。「白虎隊が日清・日露の時代から太平洋戦争期にかけて、国家に利用されたことは否めない」と筆者は述べる。その通りである。だが、それだけではない。
白虎隊は、「賊軍」とされ、蔑まれた旧会津藩士の名誉回復・地位向上の手段としても利用された。とりわけ昭和期、「白虎隊精神」は「日本精神」として高唱された。国家によってだけではない。会津人自らによっても、である。1945年は、会津にとっては2度目の敗戦の年であったのだ。しかし白虎隊の語りは、「日本精神」と切り離されることによってほぼ無傷で生き残り、飯盛山や鶴が城、復元された会津藩校日新館で今も反復されている。
それでいいのか、というのが私の率直な疑問であり、それこそがこの本が積み残した課題であると思う。